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人生のキセキ
セブン-イレブンとともに

ふるさとの復興を
明るく照らす
店でありたい

  • 02
  • 須藤 景亮けいすけ=写真右

セブン-イレブン楢葉下小塙店ならはしもこばなオーナー

「きっちりしないと気がすまない」須藤オーナー(右)は、
若き店長・尊田英和さん(左)のあこがれだ。いつか同じ夢を追いかけたい

ふるさとの復興を
明るく照らす
店でありたい

  • 02
  • 須藤 景亮けいすけ=写真右

セブン-イレブン楢葉下小塙店ならはしもこばなオーナー

セブン-東日本大震災で家も店も失った8年前──。
助けてくれた仲間がいた、救われた出会いがあった。
暮らしに寄り添うのが商売人の使命だと信じ、
ふるさとの復興を、従業員と力を合わせて支えたい。

セブン-東日本大震災で家も店も失った8年前──。
助けてくれた仲間がいた、
救われた出会いがあった。
暮らしに寄り添うのが商売人の使命だと信じ、
ふるさとの復興を、
従業員と力を合わせて支えたい。

2011年3月11日、14時46分。激しい揺れが東北地方を中心とした東日本を襲った。あっという間にコンビニの売り場の棚という棚から商品が崩れ落ち、通路は物であふれた。足の踏み場もない。


震度6強に見舞われた福島県富岡町で、11年間、セブン-イレブンを営んでいたオーナーの須藤景亮さん(48)は、胸騒ぎを覚えた。


「原発は大丈夫だろうか?」


町内には福島第二原子力発電所がある。福島第一原子力発電所からも10キロ超ほどしか離れていない。注意を払いながら人手を集めて店を片づけ、営業を続けようと必死だった。だが大きな余震が繰り返しやってくる。尋常ではなかった。


翌日、原発事故のため、町一帯に避難指示が発令された。

原発事故で、11年間営んだ福島県富岡町の店に入れなくなった。あの日の悔しさを胸に刻む(2012年撮影)

本部社員の熱意に救われた

不安で不安で仕方なかった。幸い無事だった家族5人、着の身、着のままふるさとを出て、茨城県つくば市の避難所に身を寄せた。この先、いったいどうすればいいのか──。家もない、収入もない。どうやって家族を守り、生きていけばいいのだろう。行き場のない焦り、怒り、悲しみ。折れてしまった心を癒やすすべは、すぐには見つかりそうになかった。



そんな中、勇気づけてくれたのは、被災した加盟店を支援しようと奔走する本部社員の姿だったという。



「地区担当の方々をはじめ、本社の幹部の方まで、しょっちゅう避難所へ来てくれたんです。『困っていることはないですか、これからを一緒に考えましょう』と、私たちの話を親身に聞いて対応してくださった。東北地区を担当しているみなさんは、自分も被災して家族もいるのに」



大変な時は支え合い、喜びも悲しみも、分かち合うのがフランチャイズビジネスだ。大切なことを肌で感じた須藤さんは、避難所でのつらい生活をあえて"チャンス"ととらえようと思い直した。



「何もできない時間」を、「何もしない時間」で終わらせない。多くの本を読み、これまでの自分の商売のやり方を顧みた。商品が売れない時、言いわけを探していなかったか。従業員を大切に育てることができていたか。結局、自分のやり方は間違っていたのではないだろうか──。



多角的な事業を営み、セブン-イレブンのオーナーでもあった父にあこがれ、自ら加盟して独立したのは29歳の時だ。それからは若さを武器に、ただ突っ走ってきた。売り上げを伸ばし、すべてが順調だと思っていた。だがその日常が一瞬にして崩れ、立ち止まって初めて、意のままに突っ走るだけが商売ではないと悟ったという。



「避難所にいた半年間、過去の自分をじっくりと見直せた。私自身を変えることができました」

ふるさとの復興のために

商売を続けたい。改めてセブン-イレブンをやっていこうと腹をくくってからは、一日も早く店を再開させたかった。だが当時、地元はまだ避難区域に指定され、近寄ることすらできない。



「忘れもしない11年8月27日。本部の方々の尽力で、地元から離れた地で新しい店を開業することができました。原点に戻っての再スタートです。楽しかった」



いち早く店を開業したのは、自分の頑張りが、避難所生活を続けているほかのオーナー仲間にとって、少しでも励みになるのではと思ったからだ。



新店では毎日チラシを作り、近所に配り歩いた。積極的に従業員とコミュニケーションを取り、仕事をともに進めていった。店が地域に根を張っていく手応えが、次第に強くなっていく。



「生まれ変わった」須藤さんの"商売道"に、迷いはなかった。地域のお客さまに喜んでいただける店を、従業員が主役となってつくる。オーナーの役目は、主役たちが素晴らしいパフォーマンスをできる職場環境を整えるだけと肝に銘じた。日々の業務は、みるみる充実していく。



そんな時だ。被災地となった地元、ふるさとで、もう一度セブン-イレブンを経営するチャンスが訪れた。



避難指示が解除された福島県広野町の店で14年、オーナーを探しているという。少し、躊躇した。新店の運営に集中していたからだ。



だがすぐに「ふるさとの復興に携わりたい」という思いが湧きあがったという。以降、須藤さんは「福島の復興のために」と、避難指示が解かれた地域で、新たな店を運営していくことになった。

「夕食にいかがですか?」。セブンプレミアムの総菜を使った献立を売り場で提案。
企画は尊田店長が考え、商品を並べるのは妻の敬子さんの仕事だ

晴れの日も雨の日も

お客さまを笑顔にできる

店をつくろう。

暮らしに寄り添う店づくり

少し歩けば、海が見渡せる福島県楢葉町の国道6号は、大型トラックがひっきりなしに行き交っていた。



作業車の多さに、"あの日"から8年が過ぎた今も、復興は完全に終わっていないと、改めて思い知らされる。



2年前、この国道沿いにオープンしたのが須藤さんの四つ目の店、「セブン-イレブン楢葉下小塙店」だ。



何台もトラックが並ぶ駐車場を抜けて、店内に入ると「いらっしゃいませ」という従業員の元気な声が出迎えてくれた。



商品一つひとつが、こちらを見ているようにきれいに棚に並べられ、床はピカピカに磨き上げられている。売り場のあまりの美しさに驚いていると、ふだん着姿の60代くらいの男性客が、「いわし缶詰」と「納豆3パック入り」をふたつ、慣れた手つきでレジに持っていった。近所に暮らす常連さんにちがいない。



立地がら、原発周辺で働く作業員が多いだろうと思っていたが、しっかりと地域住民の「近くて便利な店」になっている。



「ここは、サマータイムの時期になると朝4時から作業員の方がこぞって来店される特殊な店です。でも基本はどこも同じ。地域の暮らしに寄り添った品ぞろえができていないと、お客さまにご満足いただけません」(須藤さん)



商売に奇策なし。心機一転した須藤さんは、以前にも増して「基本」を大切にしている。お客さまの立場に立って考えてみれば、店内清掃の徹底や品ぞろえの充実は、当然のこと。地道にやれば、難しいことじゃない。むしろ基本に徹し、成果が出た時の喜びは計り知れない。



「考えた分、結果が返ってくるからおもしろい。セブン-イレブンの仕事の奥深さを従業員さんにつかんでほしいんです」



そう話しながら、須藤さんは店内を見て回る足を止めない。ふと身をかがめ、棚の商品陳列を整える。手際の良さは、ため息がでるほど完璧だった。

磨いて磨いて、また磨く。入念に清掃する細かさは須藤オーナー仕込み。「この店で働くのは楽しい」と、柳穂高さん(29)は笑顔を見せた

志を次代へつなぎたい

ただし、商才に富んだ須藤さんがいつもこの店にいるとは限らない。4店舗を束ねるオーナーだ。各店を回り、店長や従業員一人ひとりと密にコミュニケーションを取ることに注力している。



「店で一番えらいのは従業員さんたち。私は一番下ですからね」



須藤さんの口ぐせだ。実際に業務はどんどん任す。みんなが仕事にやりがいを感じ、責任感を持ってもらいたいからだ。



店のオープン当時、26歳で店長に抜擢された尊田英和さんは、こう話す。



「数年前、ほかの店にアルバイトで入りました。その時は、目標はなかったのですが、店長を任せていただき考えが変わりました。チームワークを大切にして地域に密着した一番心地よい店を作りたい」

なんと頼もしい。アルバイトやパートさんの声に耳を傾け、店で働く妻の敬子さん(33)とともに商品展示を工夫したり、試食サービスをおこなったりと、尊田さんの店長ぶりはすっかり板についている。須藤さんは言う。



「年齢や経験関係なく、努力すれば道が開けるのが商売の醍醐味。私も昔、周囲のオーナーさんからご指導いただいた。今度は若い世代に教えていく番です」



須藤さんは、経営に悩んで腐りそうになった時、地元の先輩オーナーから懇々と言い聞かされた言葉を思い出す。



「昔のオーナーさんたちが本当に大変な思いをして頑張ってきたからこそ、今のあなたたちの売り上げがある。だからセブン-イレブンの看板に、泥を塗るようなことは絶対にしちゃいけないよ」



福島県内にセブン-イレブンが進出したのは1975年、東京・豊洲に1号店ができた翌年だ。まだ社会から市民権を得ていなかったコンビニエンスストアというビジネスモデルを、本部と一緒に手探りでつくり上げてきた先達の努力を思うと頭が下がる。自分もへこたれないぞ!と勇気が湧く。この志を、大切に次代へつなぎたい。

「ヒト発想」が大切

セブン-イレブンいわき地区では、地区内の加盟店に定期的に集まってもらい、先輩オーナーの体験を共有するなど、交流する場を積極的に設けている。集まろうと仕掛けたのは、須藤さんだ。



「商売は、昭和なら『モノ発想』、平成は『コト発想』でうまくいった。でも、令和に入ったこれからは『ヒト発想』でなくちゃいけない。人をもっとも大事に考えてこそ、若い人たちに、未来のセブン-イレブンをバトンタッチできる」



店を担当するセブン-イレブンいわき地区のOFC(店舗経営相談員)、青木勇人さん(35)も同感だ。



「須藤さんは自分の店だけでなく、セブン-イレブン全体をよくしていきたいと考えてくれている。私たちも全力で加盟店さんをサポートします」(青木さん)



本部と二人三脚、前向きな須藤さんの夢は、「コンビニオーナーの仕事にあこがれを持ち、独立する人を一人でも多く育てること」だという。



思えば震災前は、複数店を経営しようとか、将来について深く考えたことはなかった。今日と同じ明日が、必ずくるものだと思っていた。今は違う。お客さまが集い、従業員が笑顔で働く、一日一日が愛おしい。



須藤さんと話し込んで数時間。昼時になると、店に響く「いらっしゃいませ」の声が、一層大きくなった。朝、見上げた曇り空に、日の光が差し込んできた。



SHOP DATA

セブン-イレブン楢葉下小塙ならはしもこばな

住所
福島県楢葉町下小塙四斗蒔15−2
特徴
2017年8月28日オープン。
豊かな自然に囲まれた店だ

SHOP DATA

セブン-イレブン楢葉下小塙ならはしもこばな

住所
福島県楢葉町下小塙四斗蒔15−2
特徴
2017年8月28日オープン。
豊かな自然に囲まれた店だ